ひとりごと−株式相場

永井 武




2013年3月27日


東京株式市場で売買する人は、6割強が外国人である。日本人が持つ1600兆円の資産は、 キャピタルロスがない銀行預金である。銀行はこのお金で国債を買い数%の利子を得て0.01%程度の利子 を預金者につけている。日本の銀行は、銀行本来の仕事であるお金を貸して欲しいという人に対して、 お金を返してくれるという確信がなければ貸さない。私は、国債の利子で利益を出しているような現代の 銀行には預金しない。持ち金のほとんどで株式を購入している。

私の保有する株式の平均購入価格は、現役時代にも少し買っていたので10800円 である。リーマンショックや東北大震災で8000円に下がったときは大きな損失だったが、政権交代後 今日までに、11400円台まで回復したので、やっとプラスになった。政権交代で円高がおさまり、外国人 から見て日本の株が安くなり、外国人の買い越しが17週も続いたからである。日本の機関投資家は、 この17週の間日本株を売っている。かくいう私も数千株売却した。

リタイヤ後の5年間日本の株式市場を見て次のようなことがわかってきた。外国 人が買えば日本の株式相場は上がるし、売れば下がるということである。外国人といってもそれは、外国 の機関投資家である。彼らは外国の個人からあずかった資金を世界中の市場で運用して利益をだし、預金 者の分配するのである。彼らは5月と11月に持ち株の1部を売却し、利益を出す習性を持つことがわかった のである。これを知った上で私は5月になったら持ち株のうち利益がでているものを、外国人が売る前に 売却するつもりである。外国人が売って下がってくる6月−8月の間に、私が安いと判断した株式を購入する 予定である。

リーマンショック、東北大震災、政権交代などで外国人は売ってきたり、買って きたりするので、それらに対応する必要がある。リーマンショック、東北大震災のときは日経平均が8000円 以下に下がったし、政権交代で外国中央銀行並の金融緩和をするとアナウンスしただけで外国人は買って くる。いろいろ情報をキャッチして株式の売買をするのである。

株式が暴落しなければ平均で年2%台の配当があるので、銀行預金よりずっと よい資産運用だが、前記のような大事件があると、株式は暴落して損害を被ることになる。これを嫌って 多くの日本人は株式投資をしないのだが、これらとうまく付き合うのが、株式投資の面白さである。


ひとりごと−株式相場

永井 武




2009年8月6日


リーマン倒産に始まる株価暴落のあと株式投資をしている。やみくもに投資しては、 損害を被るので株式相場を決めるトレンドを調べてみる。

リーマン倒産に始まる株価暴落は、1929年のニューヨーク株価暴落に次ぐもので、 1982年のブラックマンデイに比べものにならないならないほど長く続く株式低迷である。

ではどのように株価が回復するか調べる。

まずアメリカの株式であるが、リーマン倒産直前まではダウ平均1万ドル超の好調が 続いていてその始まりは1980年ころである。1980年までは、ベトナム戦争長期化によろ戦費拡大により、 アメリカは長い不況状態が続き、株価は当時千ドル以下が続いていた。だれも株式投資に興味を示さなかった。 ところが次の10年でアメリカ株式はダウ平均が1万ドルをはるかに突破するのである。その過程を調べる

1981年、IBMがPC発売してからそれまで玩具でしかなかったPCが、事務作業に有効な ものであることがわかり、IT景気が始まった。

PCはIBMが発売する10年前の1971年、日本のビジコン社のアイデアで電卓用のCPUが発明 されたのが始まりである。CPUは電卓からPCに活用され始め、アップル、コモドール、タンデイラジオシャック、 ミッツをはじめ多くのPCメーカが誕生した。その中でアップルが表計算ソフトのビジカルクを発売すると、 事務作業が効率的に行うことができる、いいかえれば、早く精確に処理できると誰もが実感したので、 IBMも商品化せざるを得なくなった。現在のPCに使われている技術の約7割はゼロックスのパロアルトリサーチセンタ (PARC)で開発されたものである。アップルやマイクロソフトが研究員をひきぬいたり、研究員がスピンアウト してベンチャを設立したりして、PC市場が大いに拡大した。1970年ころのゼロックスは、コピー技術を商品化 して莫大な先行者利益を得ていた。ゼロックスの経営者たちはコピー機を利用する紙を媒体とする 事務作業はやがてオフィスオートメーション(OA)に変わると予想し、OA技術開発センタとして、PARCを設立した。 その結果はまれに見る大成功であった。ゼロックスの経営者たちはその結果を商品名スター(価格約1万6千6百ドル) と商品名アルトを1975年頃試作したが、結局スターのみを量産化と決定した。しかし、量産化の速度は遅く 発売は1980年となり、IBMPC発売を機に売れなくなり、結局失敗に終わった。それを見たPARCの研究員たちは ゼロックスに嫌気を感じ、上に述べたようにPARCを去ってそれぞれ活躍の場を求めたわけである。

これらのベンチャが新規株式公開(IPO)を行って資金調達し、多くの投資家に利益を もたらした。PCのアップル、コンパック、後にデル、HDDのシーゲート、マクスタ、ソフトウエアのマイクロソフト、 オラクル、アドビ、ワークステーションのサンマイクロ、シリコングラフィックス、ネットワーク機器の 3Com、ルータのシスコ、ノーテル、ウエルフリート、プロテオンなどが資金を集め投資家に利益を 還元した。その結果、1990年代に入り、1980年代に千ドルだった株価が1万ドルを超え、いつかは忘れたが、 1万4千ドルまで上昇した。

ひるがえって2009年の日本で、1980年代のアメリカでIT景気を先導したPARCのような 研究所は探しても見当たらない。現在の日本の最も強い業界はマンガとゲームである。マンガ、ゲーム業界 から、1980年代のアメリカのようにダウ平均千ドルから1万4千ドルに押し上げるたねは見当たらない。


そうはいってもやみくもに投資するわけにはいかない。次善の回復のたねを探す必要がある。 環境を保全するビジネスすなわち、太陽光発電、原子力発電、風力発電、水素電池、リチウムイオン電池 などに注目し、地道に分散投資している。結果は・・・



2. 日本で日経平均4万円を記録した理由